研究概要

生物分子育種研究

人工ヌクレアーゼによる生物ゲノムの標的配列に特異的に変異を導入する技術であるゲノム編集技術 について、植物・動物および菌類の高効率・新規ゲノム編集ツールの開発を行い分子育種に役立てるための研究を進めています。

植物環境応答学研究

植物が様々な環境変動に対してどのように感知しストレスに耐えようと応答するかについての分子メカニズムを明らかにしようとしています。植物の環境応答能を高めて、過酷な環境変動に耐える 植物の開発を行っています。

 

1.ゲノム編集技術開発による生物の分子育種研究

近年、任意の標的配列を特異的に切断可能にする人工ヌクレアーゼが開発され、標的遺伝子特異的に種々の改変を加えることが可能になってきました。この技術を「ゲノム編集」と呼びます。遺伝子の突然変異にはDNA二重鎖切断(DSB)が必須の過程となりますが、ゲノム編集技術は、ランダムに変異を誘発する他の変異源と異なり、ゲノム上の狙った位置にのみ正確にDSBを生じさせることにより変異を誘発する技術です。これまで人工ヌクレアーゼとしてジンクフィンガーDNA結合ドメインを利用したZFN、TAL effectorタンパク質DNA結合ドメインを利用したTALENが開発されました。近年、CRISPR/Cas9システムが開発され、簡便さや効率から微生物から高等真核生物まで幅広い範囲の生物に対して利用されています。CRISPRは本来微生物の獲得免疫機構の一つであり、Cas9だけでなく類縁のヌクレアーゼや、そのDNA切断活性をなくした変異型ヌクレアーゼタンパク質を利用した1) 転写活性化ドメインを連結させた標的遺伝子特異的転写活性化ツール、2) 転写抑制ドメインを連結させた標的遺伝子特異的転写抑制ツール、3) ヒストン修飾酵素を連結させた標的領域特異的ヒストン修飾ツール(エピゲノム編集ツール)などの開発により、活用範囲がますます広がってきています。
私たちは新規ゲノム編集ツールやゲノム編集ツールの細胞への導入系の開発を行い、様々な生物種において効率よく利用できる高効率ゲノム編集ツールの開発を進めています。

植物ゲノム編集
地球生態系の中で植物は生産者として、大気中の酸素の生産や炭酸ガスのバランスの維持、食料や様々な資源材料として様々な役割を担っています。植物をより有効に利用するために、交配育種をはじめとして様々な育種法が開発されてきています。交配育種では、減数分裂期に父親由来のゲノムと母親由来のゲノム上で組換えが起き、得られた子孫の中から「父親」形質と「母親」形質を合わせ持つものが得られますが、より良い形質を示すものを選抜し新品種として利用してきました。減数分裂期の組換えには、細胞核内ではDNA二重鎖切断(DSB)が必須の過程です。DSB修復メカニズムの一つである相同組換え反応が進行して減数分裂期組換えが行われ、結果としてゲノムシャッフリングが生じます。このようなDNA二重鎖切断過程におけるランダムな事象が変異導入には利用されていましたが、狙った標的を特異的に改変することは大変困難でした。植物のゲノム編集では、遺伝子導入効率や遺伝子導入後の植物体再生効率が植物種によって異なっているので、遺伝子導入や再生効率を上昇させるといった周辺技術を向上させることが重要です。マイクロインジェクションやエレクトロポレーションといった導入方法の開発・普及も重要な研究となっています。私たちは植物の高効率ゲノム編集ツール・エピゲノム編集ツールの開発と導入系の開発研究を進めて、植物の分子生理応答の解明や新しい品種の分子育種に役立てることを目指しています。

 

ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いて作製された単為結実性トマト

                                  Ueta et al., 2017 Scientific Reports

 

2. 植物の環境応答の分子メカニズムの解明研究

移動することが出来ない植物にとって外界環境の感知は生命維持に重要です。特に水分は植物の生存や生産性に大きく影響します。植物は水中から高等植物へと陸上へ進出しながら、その進化の歴史の中で水環境に対する応答反応を発達させてきました。植物にとって水不足は生死を決める大きな環境変動であるため、水環境の感知と防御に関わる応答反応は重要です。植物は土壌の水を根によって吸収し、維管束内の導管によって全身に輸送していますが、一方で体内の水は葉の表面から失われ、葉の表面に存在する気孔の開閉によって調節(蒸散)されています。水不足を防ぐために気孔を閉鎖することはCO2吸収が低下して光合成を抑制することにもなり、水不足環境において生存のための応答と生産性は、あちらを立てればこちらが立たないというトレードオフの関係にあります。以上から、干ばつなどの環境悪化に対しては、水資源の効率的な利用と農作物の生産性の向上は大きな課題となっています。

根や大気中の水分が低下した場合に、植物は細胞膜上で水分欠乏ストレスを受け、細胞内にその情報を伝達します。化合物や物理的刺激など水分欠乏ストレスに関わる細胞膜上のストレスセンサーとして、私たちは、細胞膜上に存在するキナーゼに着目し、そのシグナル伝達経路の詳細を解明しようと研究を進めています。シグナル伝達の下流では、植物ホルモンの生合成、転写因子や膜局在性輸送体の活性化、重要な代謝経路の調節など様々な制御が行われていると考えられます。植物は、様々な環境条件に応じて細胞におけるシグナル伝達を調節することにより、悪環境に対し生存できるように柔軟に対応していると考えられています。

細胞膜は外的因子の感受の場であるが、植物の細胞膜には、環境認識に役割を持つと考えられているが機能未解明のタンパク質がまだ多く存在しています。私たちは、様々な機能タンパク質の環境応答における新たな役割が解明することで、ストレス環境に対する植物の瞬時で柔軟の応答反応など、その精巧な生存戦略を明らかにすることを目指しています。環境応答シグナル伝達を利用して、作物の分子育種に応用することで環境ストレス耐性を付与した有用な作物の作出が可能となると期待できます。